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203高地

東京都府中市の整体(カイロプラクティック)院・府中市役所西整体院の日常を書いています。
2013/03/27(水)
203高地……
「日露戦争最大の激戦地」と言っていいでしょう。

日露戦争というと――

 ・203高地(乃木希典)
 ・日本海海戦(東郷平八郎)

を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
(両方、映画があります)

標高が203mなので「203高地」
203高地景区

入り口(入山口?)付近はコンクリートで固められています。
203高地入り口オブジェ

霧で見にくいですが少し引きで
旅順 203高地入り口

なぜここが戦場になったかというと――

203高地から旅順湾(直線距離で約4km)を観測し、湾内に停泊する
ロシア軍旅順艦隊を砲撃する作戦が立てられました。

この203高地を奪取すべく、乃木希典を司令官とする第3軍と
ロシア軍守備部隊との激しい戦闘が行われ、結果、
日本軍が占領しますが、双方かなりの損害を出したようです。

乃木希典の次男、保典もこの戦闘で亡くなっており、戦後、
乃木希典は薬莢などを集め、頂上に
「203(に・れい・さん)」の当て字で「爾霊山(にれいさん)」、
「汝の霊の山」と言う意味の慰霊碑を建てました。

【爾霊山塔】
爾霊山塔

『坂の上の雲』には、こう書いてあります。

第一、「爾霊山」というこのことばのかがやきはどうであろう。
この言葉を選び出した乃木の詩才はもはや神韻を帯びているといってよかった。
二〇三(にれいさん)という標高をもって、爾(なんじ)の霊の山という。
単に語呂をあわせているのではなく、この山で死んだ無数の霊
  ―乃木自身の次男保典をふくめて―
に乃木は鎮魂の思いをこめてこの三字で呼びかけ、
しかも結(けつ)の句でふたたび爾ノ霊ノ山と呼ばわりつつ、詩の幕を閉じている。

(文春文庫より)

【参考】
爾霊山漢詩
六本木の乃木神社にある「爾霊山の漢詩」

【訓みくだし】

爾霊山険なれども豈(あに)攀(よ)じ難からんや
男子功名 艱(かん)に克つを期す
鐵血山覆うて 山形改まる
萬人齊(ひと)しく仰ぐ爾霊山


話を中国の203高地に戻します。

頂上にある爾霊山塔を見学していると、
お土産屋さん(爾霊山塔の横)が出てきて、写真を撮ってくれました。

それに図を持って来て、流暢な日本語で詳しく説明してくれました。

 ・砲撃で山が低くなって203mになった
 ・旅順湾までの正確な距離
 ・日露両軍戦死者の正確な数(一ケタ台まで)

などなど。

その後はしっかり「お土産見てって! 買ってって!」と(笑)。

お土産屋さんには錆びた弾丸なども売っていましたが、
本物でしょうか?

せっかくなのでキーホルダーを買いました。
203高地お土産
左の金属製は裏が赤で「爾霊山」、右の皮革製は裏に「203高地」とあります。

最初は一コ80元という、とんでもない観光地価格でしたが……ゴニョゴニョゴニョw

その2に続く

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