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モネ展 その2

東京都府中市の整体(カイロプラクティック)院・府中市役所西整体院の日常を書いています。
2015/10/21(水)
前回の続き
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モネ展 印象、日の出 ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅

展示構成は、時代順ではありません。
しかし最後は最晩年の作品でした。

●家族の肖像
●モティーフの狩人Ⅰ
●収集家としてのモネ
●若き日のモネ
●ジョルジュ・ド・ぺリオ・コレクションの傑作――
 マルモッタン美術館の印象派コレクションの誕生
●モティーフの狩人Ⅱ(ノルマンディーの風景)
●睡蓮と花――ジヴェルニーの庭
●最晩年の作品

入ってすぐの「家族の肖像」。
モネの描いた肖像画は少ないそうです。

ルノワールの《クロード・モネ夫人の肖像》、
カミーユでしょうか。
モネの《海辺のカミーユ》もありました。
ブランシュ・オシュデ=モネの作品があります。
この方はモネが再婚した奥さんの子だそうで、
モネの長男ジャンと結婚しました。

モネは家族を大切にしていたとのこと。
このことは、原田マハ『ジヴェルニーの食卓』に
書かれています。

「モティーフの狩人Ⅰ」の《鉄道橋、アルジャントゥイユ》、
モネ作品でよくみます。

「収集家としてのモネ」は、モネの暮らしを彩り、
創作の源となった作品だそうです。
モネが毎日のようにみていた作品ですね。
ヨハン・バルトルト・ヨンキントは、
私の眼を決定的に訓練してくれた「真の師である」と解説。
このあとに、モネに戸外で描くことに導いた
ブーダン(空の王者)の作品がありました。

「若き日のモネ」、文字どおりモネの若い頃の作品。
風刺画(カリカチュア)を描いていて、
ル・アーブル中で知られていたそうです。
これらをみるのは珍しいと思いました。

「ジョルジュ・ド・ぺリオ・コレクションの傑作――
 マルモッタン美術館の印象派コレクションの誕生」。
ジョルジュ・ド・ぺリオは医師で、モネを高く評価し
経済的に支えていたそうです。

《印象、日の出》がここに。
解説には、「ル・アーブルの眺めとしても通じるはずがなかった。
私は《印象》としてください」と答えた。
とありました。

「モティーフの狩人Ⅱ(ノルマンディーの風景)」、
原点ともいえる場所だそうです。→ノルマンディー展
77歳になる1917年まで、この地を絶えず題材にしたとのこと。
1917年は第一次世界大戦が始まった年。
それにモネは晩年、白内障を患ったので行かなくなったのでしょうか。

「睡蓮と花――ジヴェルニーの庭」、庭は一つの作品であるとのこと。
マルモッタン美術館には、世界でもっとも多くの
モネの「スイレン」が所蔵されているそうです。
《キスゲの花》から赤色が多くなっていました。

「最晩年の作品」、ここはほとんど、ジヴェルニーの庭での作品。
86歳まで絵を描き続けたモネは、自身の成功をその目で見ることが
できた一方で、愛する家族や友人たちの死を経験することとなった。
さらに1912年、72歳で白内障の診断を下される

良いことも悪いこともあったのですね。
白内障と関係があるのでしょうか、赤色が多かったです。

チラシのキャッチコピー「印象、日の出」から「睡蓮」まで
看板作品の「印象、日の出」という言葉ははずせないでしょうし、
たしかに「睡蓮」まででした。
しかし、風刺画(カリカチュア)やノルマンディーの風景、
関連人物も展示されていて、キャッチコピー以上に充実した
「モネ展」でよかったです。

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