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清麿(源清麿展)

東京都府中市の整体(カイロプラクティック)院・府中市役所西整体院の日常を書いています。
2014/04/18(金)
根津美術館に「清麿 ―幕末の志士を魅了した名工―」をみに行きました。

地下鉄・表参道駅を出て、高級ブランドが立ち並ぶなか、
10分弱ほど歩くと根津美術館――
根津美術館 入り口
ここ根津美術館は、おそらく、マンガ『美味しんぼ』に出てきます。

作中では「津美術館」で、東西新聞社の田畑さんと写真家の荒川さんが
「究極の結婚式」を挙げる会場のモデルだろうと。

という訳で、一度、行きたかった美術館、行けてよかったです。

この美術館で、「源 清麿」という刀鍛冶が作った(鍛えた)
日本刀を主に鑑賞しました。

そもそも「源 清麿」の名前を知ったのは、隆 慶一郎の小説『鬼麿斬人剣』

これは、清麿の架空の弟子・鬼麿が主人公で、清麿の死後、残された
できの悪い量産品(数打物)の刀を破壊する旅に出る、というお話。

この小説に兄の正雄とともに、幕末(新々刀期)最高の刀工と
書かれていて興味を持ちました。

もちろん、この小説は完全に創作。

とはいえ、こうして展覧会(2013年が生誕200年記念のため)が
開催される点からも分かるように「名工」だったことは事実。

根津美術館 通路

どんな人物だったかというと――

源 清麿(1813~1855)本名「山浦 環」

信州小諸(現在の長野県小諸市)の出身。
刀鍛冶を志し、江戸へ。

名工の正宗と行光にちなみ、「正行」と改名、
その後、恩人・窪田清音と村田清風、齊藤昌麿の1字をもらい
「清麿」と名乗る。

鎌倉時代の天才刀工「正宗」にちなみ、江戸四谷(現在の新宿区三栄町)
に住んだことから「四谷正宗」と呼ばれました。

(それにしても、存命中から日本刀の代名詞ともいわれる
天才「正宗」と呼ばれるとは、スゴイ……)

にもかかわらず、嘉永7(1855)年、自ら命を絶ちます。
(1855年:日米和親条約締結)

その理由は、小説では共通して「お酒の飲みすぎで……」となっています。
また、「名工」「酒好き」「女性にモテる」という部分も共通。

以上の略歴は、「展覧会パンフレット」、小説『鬼麿斬人剣』・『おれは清麿』参照。

その2につづく

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