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府中市役所西整体院のブログ2015年10月

東京都府中市の整体(カイロプラクティック)院・府中市役所西整体院の日常を書いています。
2015/10/28(水)
10月8日頃の新聞各紙で報道されていました。

2013年度に全国の医療機関に支払われた
医療費の総額が、40兆円を突破したそうです。

40兆610億円で、前年度比8,493億円増(2.2%増)。

毎年書いているように、増大する一方。

 ●2013年
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-110.html
 ●2014年
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-222.html

理由は毎年同じ「高齢化」と「医療の高度化」。

国民1人当たり――7,200円増(2.3%増)の31万4,700円。

 ●65歳未満:17万7,700円
 ●65歳以上:72万4,500円

これまた毎年書いていますが、65歳を境に約4倍の開きがあります。

また、65歳以上の高齢者の国民医療費は23兆1,112億円、
全体に占める割合は57.7%(前年度56.3%)と拡大しています。

たしか、9月初旬の新聞には、2014年度(昨年)の
医療費の概算値で約39兆円。
ここからさらに増えるため、
40兆円を超えるのは確実とありました。

実際には2013年度で超えていたようです。

新聞にはグラフが出ており、それによると
2000年あたりは約30兆円でした。

それに2025年には54兆円に
達する試算もあると書いてありました。

計算上、約25年で24兆円増加……

国は医療費削減の取り組みを強めていく方針。
しかし、大きな改革は痛みを伴うため、抵抗が強く、
進んでいないようですね。

健康的な生活は、これから重要になっていく
のではないでしょうか。

「健康度」をあげる一助として、カイロプラクティックを
受けてみてください。

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2015/10/23(金)
双眼鏡を新しく買いました。

今まで使っていた双眼鏡はコチラで、
おじさんからのもらい物。
ルック7(7×21) 双眼鏡
ですので「使えるからいいや」と、
何も考えずに使っていました。

あるとき思いついて機種を調べたところ――

これはニコンの「ルック7(7×21)」という双眼鏡。
1965年~1975年まで発売していたようです。

なんと40~50年前のシロモノで驚きました。
値段は8,500円のようです。

おじさんは「高かったんだぞ」と言っていましたが、
当時の「8,500円」が高いのか安いのかはわかりません。

首からさげるストラップや入れる袋もありましたが、
もらったときにはすでにボロボロ……
また、金属ボディのガッシリとした作りで頑丈ですが、
プラスチックの部分はヒビが入ってしまいました。

ストラップや入れる袋(ソフトケース?)は100円ショップの
もので代用していたため、自分の保管方法や使い方が
悪かったわけでないはず。

これだけ長く使えばもういいのではないでしょうか。
さすがに寿命だと思います。

買ったのはコチラ、オリンパス 8×25 WP II。

選んだポイントはいくつかあり

 ●防水
 ●8倍くらい など

双眼鏡は防水がいいと思います。
この場合、「WP」→waterproof(ウォータープルーフ)、防水ですね。

また、双眼鏡は倍率が大きくなると暗くなり、手ブレも大きくなるので
10倍よりも6~8倍がいいと思いました。
それに軽くてコンパクトなものがよかったです。

事前にいくつかの候補を選び、最後まで悩みました。
決めたポイントは値段と色。
量産型ザクのような緑色がよかったです。

そいうえば大河原邦男展で、「ザクのデザインは
お気に入り」とありました。
主人公メカは、スポンサーの意向などデザインに
制約があるけど、敵メカは好きにしていいからとのこと。

これも愛機として気に入りました。
オリンパス 8×25 WP II ルック7(7×21) 双眼鏡
左右の機種で40年以上も時代の開きがあります。

しかし双眼鏡はもちろん、望遠鏡、顕微鏡など
レンズで対象を拡大する仕組みそのものは変わりません。

というわけで技術の進歩はゆっくりなため
数十年前の機器でもちゃんと使えます。
長い目でみればコストパフォーマンスは、
ものすごくよいのではないでしょうか。

双眼鏡はどこで売っているかというと、
家電量販店など。
買ったのは新宿西口のヨドバシカメラ。
ここは双眼鏡を外で試せるのでオススメです。
ほとんどのお店は双眼鏡売り場が地下階にありますので。

一番使う場所は美術館や博物館。
なので「パピリオ」も考えたのですが、
防水ではないので今回はパス。

パピリオの特徴は50cmからピントが合うこと。
美術館で使えばガラスの向こうにある
展示品の細かい模様までよく見えますね。

パピリオⅡが出たばかりなのでⅢ以降で
防水になったら第一候補にします。
その頃には今より視力も低下していると思うので
(ちなみに30代でも視力は左右ともに1.5でした)。

双眼鏡を持っているととても便利。
今は出かけるときには必ず持って行きます。

どこへ行くにせよ、より遠くや細かい部分まで
見えるとさらに理解度があがるはず。
月食や流星群も見れます。

双眼鏡は一つで全ての用途に使えるわけではありません。
しかし、家に一つあると楽しみが増えると思います。
子どもの好奇心を育てるのではないでしょうか。

コンパクトかつカラフルでかわいい双眼鏡も
あるので、ぜひ使ってみてください。
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2015/10/21(水)
前回の続き
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-341.html
モネ展 印象、日の出 ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅

展示構成は、時代順ではありません。
しかし最後は最晩年の作品でした。

●家族の肖像
●モティーフの狩人Ⅰ
●収集家としてのモネ
●若き日のモネ
●ジョルジュ・ド・ぺリオ・コレクションの傑作――
 マルモッタン美術館の印象派コレクションの誕生
●モティーフの狩人Ⅱ(ノルマンディーの風景)
●睡蓮と花――ジヴェルニーの庭
●最晩年の作品

入ってすぐの「家族の肖像」。
モネの描いた肖像画は少ないそうです。

ルノワールの《クロード・モネ夫人の肖像》、
カミーユでしょうか。
モネの《海辺のカミーユ》もありました。
ブランシュ・オシュデ=モネの作品があります。
この方はモネが再婚した奥さんの子だそうで、
モネの長男ジャンと結婚しました。

モネは家族を大切にしていたとのこと。
このことは、原田マハ『ジヴェルニーの食卓』に
書かれています。

「モティーフの狩人Ⅰ」の《鉄道橋、アルジャントゥイユ》、
モネ作品でよくみます。

「収集家としてのモネ」は、モネの暮らしを彩り、
創作の源となった作品だそうです。
モネが毎日のようにみていた作品ですね。
ヨハン・バルトルト・ヨンキントは、
私の眼を決定的に訓練してくれた「真の師である」と解説。
このあとに、モネに戸外で描くことに導いた
ブーダン(空の王者)の作品がありました。

「若き日のモネ」、文字どおりモネの若い頃の作品。
風刺画(カリカチュア)を描いていて、
ル・アーブル中で知られていたそうです。
これらをみるのは珍しいと思いました。

「ジョルジュ・ド・ぺリオ・コレクションの傑作――
 マルモッタン美術館の印象派コレクションの誕生」。
ジョルジュ・ド・ぺリオは医師で、モネを高く評価し
経済的に支えていたそうです。

《印象、日の出》がここに。
解説には、「ル・アーブルの眺めとしても通じるはずがなかった。
私は《印象》としてください」と答えた。
とありました。

「モティーフの狩人Ⅱ(ノルマンディーの風景)」、
原点ともいえる場所だそうです。→ノルマンディー展
77歳になる1917年まで、この地を絶えず題材にしたとのこと。
1917年は第一次世界大戦が始まった年。
それにモネは晩年、白内障を患ったので行かなくなったのでしょうか。

「睡蓮と花――ジヴェルニーの庭」、庭は一つの作品であるとのこと。
マルモッタン美術館には、世界でもっとも多くの
モネの「スイレン」が所蔵されているそうです。
《キスゲの花》から赤色が多くなっていました。

「最晩年の作品」、ここはほとんど、ジヴェルニーの庭での作品。
86歳まで絵を描き続けたモネは、自身の成功をその目で見ることが
できた一方で、愛する家族や友人たちの死を経験することとなった。
さらに1912年、72歳で白内障の診断を下される

良いことも悪いこともあったのですね。
白内障と関係があるのでしょうか、赤色が多かったです。

チラシのキャッチコピー「印象、日の出」から「睡蓮」まで
看板作品の「印象、日の出」という言葉ははずせないでしょうし、
たしかに「睡蓮」まででした。
しかし、風刺画(カリカチュア)やノルマンディーの風景、
関連人物も展示されていて、キャッチコピー以上に充実した
「モネ展」でよかったです。

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2015/10/19(月)
東京都美術館の「モネ展」に行きました。
前に書いたように2つを同日に。

 ●大河原邦男展→上野の森美術館
 ●モネ展→東京都美術館

ともに上野公園内にあるので可能でした。

多少の待ち時間(30分くらいかなと)は
覚悟していましたが、19時くらいで待ち時間なし。

「モネ展」というと何度も行っているような
気がしましたが、2014年1月以来です。

今回の目的は、《印象、日の出》。
チラシにもあるように、東京に展示されるのは
21年ぶり。
たしか7~8年前でしょうか、
名古屋あたりに来ていたように思います。

21年前にも鑑賞しました。しかし21年の歳月を経て、
自分の価値観やみる目も変わっているはずなので、
「印象」が変わっているかも気にしてみました。

初めてみたときほどの感動はありませんでしたが、
美術史上重要な作品の重みを感じました。
また、太陽は白色絵の具を混ぜてあり、
霞んだ周囲から浮いた印象。

そして今回は、《印象、日の出》の研究発表があった後の展示なので、
そのことにも触れていました。(《印象、日の出》の調査

この絵画が描かれた日時は、1872年11月13日 午前7時35分頃、
と書きました。解説映像によると、
午前7時25分頃~午前7時35分頃とのこと。
場所はフランス、大西洋に面した港町ル・アーブル。

当時はホテルがあったそうですが、戦争で破壊され、
現在はマンションが建っていて、その部屋からの眺めが
映像で写っていました。

以前、鑑賞したときより、理解が深まったように思います。

新聞は(知っている限りで)9月17日の朝日新聞に。

《印象、日の出》の展示は9月19日~10月18日まで。
そのあと、《ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅》が12月13日まで展示。
チラシによると《ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅》は、
滅多に貸出ししないそうです。

「サン=ラザール駅」というのは、モネは何点か描いているはず。
また、知っている限りでは、マネとカイユボットも。

モネは、蒸気機関車の出す煙や駅にあふれる蒸気と、
その向こう側を描いていたと思います。
この作品をみると、『ファイナルファンタジーⅥ』を思い出しますね。

これらの作品があるマルモッタン・モネ美術館からの出品。
出品リストには、90まで番号があります。
ミシェル・モネ・コレクションといって、モネの次男がモネより
相続した作品が中心で、これらはモネが亡くなるまで
手元に残したものだそうです。

作品のほか、「モネのパイプ」「眼鏡(レンズが黄色)」「パレット」、
また、モネの庭を再現した見取り図もありました。

会場を出てすぐにあった、俳優・田辺誠一(画伯)の作品。
モネが日本に来た場面を想像して描いたとのこと。
モネがカールおじさんの親戚かと思いました。
モネ展 2015 田辺誠一画伯
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2015/10/16(金)
前回の続き
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-339.html

入り口の解説、メカニックデザイナーに求められる要素は

●知性――作品を隅々まで理解する
●画力――世界観に準じたメカニックを描く
●引き出し――仕事の発注に対して迅速に対応するため

これらを最もバランス良く操るクリエイターだそうです。
将来、仕事に就きたい方は参考にしてください。

展示構成

 第1章 メカニックデザイナーとしての黎明期
 第2章 リアルロボット大フィーバー
 第3章 ヒーロー、コミック、そしてリアル
 第4章 21世紀、永遠のスタンダードへ

ほぼ時代順、1970年代~現在まで。
つまり、第1章→70年代、第2章→80年代、
第3章→90年代、第4章→2000年以降という感じでしょうか。
出品リストはなかったです。
大河原邦男展 2015 屏風 撮影可 ポスター

第1章は70年代。
最初の仕事はメインタイトルのロゴデザインで、
1972年の『科学忍者隊ガッチャマン』がデビュー作。
タツノコプロ作品が中心とのこと。

『タイムボカンシリーズ ヤッターマン』『合身戦隊メカンダーロボ』
『超電磁マシーン ボルテスⅤ』など。
どれも主題歌が頭の中でかかりながら鑑賞。

ギャグテイストを満載したビックリドッキリメカは、
リアルロボットと並ぶ代表作だそうです。
メカの登場を毎回楽しみにしていました。

1972年は、日本アニメーションにとって重要な年だそうです。

第2章が今回の白眉ではないでしょうか。
1970年代から80年代にかけてのアニメの
中心ジャンルは「ロボットもの」。
毎年、4~5作のシリーズに携わったそうです。
ガンダムはもちろん、トランスフォーマー、レイズナー
など嬉しくて嬉しくて、書ききれません……

この頃はイラストレーターとしての仕事も増えたそうで、
ガンダム 劇場版のイラストなどがありました。
それに転機となった作品はガンダムだそうです。
また、当時の少年に大きな影響を与えたと
(影響を受けたひとりです)。
ミクロマンやグリコおもちゃなどもありました。

第3章の90年代では、2章のように少年はもちろん、
幅広い年齢層に仕事が広がり、
デザインはバラエティ豊かになったそうです。

とはいえ、「ロボットヒーロー」=「大河原」
という図式は揺らぐことはないとのこと。

また、大河原邦男デザインを見て育った世代が
仕事に就き始めたのもこの頃。

正直、この章はほとんど知りませんでした。

第4章は現在の仕事ぶり。
アニメのほか、次世代消防車コンセプトイラスト、
稲城市のマスコット(ゆるキャラ)などの展示。

ガンダムもありました。
消防車のコンセプトイラストがあるということは、
架空のメカではなく、実際に使えるということですね。

稲城市の公式イメージキャラクターは
「稲城なしのすけ」といいます。
稲城市在住なのでデザインしたのでしょうか。
何年か前に、稲城市で「大河原邦男展」を
やっていた気がします。
2016年春には、JR南武線・稲城長沼駅に
ザクのモニュメントを設置するそうです。

映像で、ガンダムのイラストを手描きしている様子が
流れていました。
早回しでしたが、みるみるうちにガンダムが
できていくのは興味深かったです。

今の時代、マンガなどはパソコンやタブレットなど
デジタルで描くそうです。
それに小説家も以前はワープロ、
今はパソコンなどで書くそうですね。
(全員ではないけど)
ですので、「手描きの原画」というのは貴重になっていくのでは。
新聞特集にもあったように、原画には鑑賞する価値があると思います。
日本文化の側面として、また、「サブ」カルチャーではなく
「メイン」カルチャーになるといいと思いました。

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2015/10/13(火)
機動戦士ガンダム展」を鑑賞したあと、
上野で開催の「大河原邦男展」に
行きたくなった、と書きました。

いろいろ予定をやり繰りして、なんとか
行けそうだったので行ってきました。
行ってよかったです。
大河原邦男展 レイズナーガンダムボトムズダグラム

当日は上野で「大河原邦男展」と「モネ展」を鑑賞。
2つの展覧会を同日に鑑賞するのは、かなり久々のこと。

「モネ展」のほうは、一定期間、夜間21時まで
開館していたので可能でした。
今回は《印象、日の出》が展示中だったからなのですが。
以前、東京都美術館(都美館)で21時開館のアンケートを受け、
賛成としましたが、これからもぜひ開館して欲しいです。

さて、「大河原邦男展」(おおかわら くにお)。
会場は上野の森美術館。ここに来るのはずいぶん久々です。

チラシより――「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」
「機動戦士ガンダム」「装甲騎兵ボトムズ」…。
誰もがあこがれ夢中になったアニメに登場する数々の
ロボットデザインを手がけたのが、日本初の
メカニックデザイナー大河原邦男展(おおかわら くにお)です。


このほか、工業メーカーや地方自治体との
仕事を手がけるなど、活躍の幅を広げています。


というわけで、この方の名前は知らなくとも、デザインされたものは
どこかしらで目にしているのではないでしょうか。

また、チラシより――
カラーイラストやアニメの設定資料などを一堂に展示し、
大河原の40余年に渡る全仕事を振り返ります。
本邦初公開の貴重な資料や描き下ろし新作も加え、
大河原デザインの神髄に迫ります。


当日は17時からギャラリートークがあり、
キャラクターデザイナーとサンライズの方が制作裏話を
語ってくれました。
原画には監督などの「OKサイン」があり、忙しいと雑に書いてあったり、
あとになるとスタンプに変わっている点にも注目だそうです。

ガンダムのみならず、小さい頃にテレビでみたロボット、
あるいは超合金のオモチャを手描きした原画を堪能しました。

新聞には(知っている限りで)、8月23日(日)の東京新聞に。
この記事の見出しは

サブカルは芸術 価値高め世界へ

浮世絵の二の舞い防げ


3つの展覧会がまとめて特集されていました。

 ●機動戦士 ガンダム展
 ●大河原邦男展
 ●「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム」展

記事によると、海外の学会で日本文化研究として
日本のアニメ作品が取り上げられたりするそうです。

また、「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム」展は
海外の美術館からも引き合いがあり、いくつかの美術館では
開催が決定している(極めて異例)とのこと。
これを当院でも数人の方に紹介したところ、非常によかったそうです。

上記3つの展覧会のうち、行かなかった唯一の展覧会……
行けばよかった……

浮世絵は珍しさもあったと思いますが、海外(外国人の目)から
評価され、優品は海外に多く、ボストン美術館が
多く所蔵していたり、ヨーロッパの画家が持っていたりします。

今のうちに、その価値に目を向けておくべきだと思いました。
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2015/10/09(金)
9月29日(火)の産経新聞と日経新聞夕刊に
出ていました。

鬼怒川の堤防が決壊し、
浸水被害を受けた茨城県常総市で、
茨城大の教授や学生らを中心とした
ボランティア団体が、水没した文献や絵画などの
史料の回収や保全に取り組んでいる。


以下、新聞より

市教育委員会によると、文化財に
指定されていない個人所有の史料は
市が修理費の補助を出すことができない。

団体の代表を務める茨城大の高橋修教授(51)は
「地域の歴史を伝える史料の多くは個人が
持っている。歴史家として行政の隙間を埋めたい」
と意気込む。

団体は「茨城文化財・歴史資料救済・保全ネットワーク」。

東日本大震災で被災した文化財を救済するため設立された。
今回の災害では、常総市の要請を受け、
史料の所有者を記載した目録を基に教授と学生ら
が各家庭を回っている。

ごみと一緒に捨てられていた文書や
地域開発の歴史を伝える書物、掛け軸、絵画など
約500点を回収した。

中には江戸時代から明治時代に活躍した画家、
猪瀬東寧に宛てた墨書や自身が描いた画帖も見つかった。

これらは東北大の研究施設で乾燥させ、洗浄する。
ネットワークは必要に応じて修復先や保管場所を探す。

*******

9月初めの豪雨と、その被害は記憶に新しいところ。

府中市では幸い被害はなかったようです。
しかし、当院で聞いたお話によると、多摩川は
かなり増水していたとのこと。

今年、配布された「府中市 防災ハンドブック」によると、
多摩川がはん濫した場合、5メートル以上(2階の軒下
までつかるくらい)浸水の可能性がある地域もあります。

決して人ごとではありません。

たしか、東日本大震災で被災した博物館や美術館のことや
文化財の修復については、かなり前に新聞で読みました。
このような団体が設立され、活躍しているのですね。

どんな災害にせよ、被災された後の片づけは
大変な作業だと思います。

当院では、毎月のように東北へ片づけのボランティアで
行かれていた方がいらっしゃいます。
畑からフォークが出てきたり、かなり臭いのキツイもの
もあった、などと生々しい話を聞きました。

また、記事にあるように、修復費が出ないのであれば、
「古いし汚れているから捨てちゃえ」
ということになってしまうでしょう。

とはいえ、貴重な文化財、あるいは地元にとって
重要な資料などもある可能性があります。

その地域の歴史を知るうえで欠かせない証拠が
失われてしまうのは、大変な損失ですね。

人が暮らしてきた事実である「歴史」、
そして、それを物語る品々……

過去から受け継いできたものを未来に伝えるため、
それらを絶やさないためにも、こうした活動が
大きくなって欲しいと思います。

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2015/10/07(水)
9月25日(金)の新聞各紙にありました。

絵画《モナリザ》のモデルになった可能性の高い
女性の遺骨が発見されたとのこと。

《モナリザ》のモデルは、リザ・デル・ジョコンド
という人物が有力視されています。
この方は裕福な商人の妻だったそうですね。
旧姓はリザ・ゲラルディーニでしょうか。

イタリアの考古学者チームは記録をたどり、
トスカーナ地方・フィレンツェの修道院を調査した
結果、2011年に発見したそうです。

共同墓地で十数体の遺骨を発見し、
科学的に分析したところ時代が一致するのは
1体のみだったとのこと。

「1体」とはいえ、見つかったのは
「大腿」「すね」「くるぶし」の骨の断片のみ。

というわけで、頭蓋骨は発見されなかったため、
顔の復元はできなかったそうです。

また、発見された遺体と、親族のDNA鑑定を
おこなうことが期待されたが、親族側の遺骨が
朽ち果ててしまっていて、現代の技術では
不可能だったそうで、これまた残念……

《モナリザ》は、世界で一番有名な
絵画ではないでしょうか。
描いた人物は、レオナルド・ダ・ヴィンチであることも。

ちなみに、《モナリザ》はフランスのルーヴル美術館にあり、
レオナルド・ダ・ヴィンチはイタリア人。

しかしこの絵画は多くの謎に包まれています。
有名な絵なのに謎が多いことが、人々を魅了しているのでしょう。
また、ダ・ヴィンチの卓越した技法による微笑と、
どこからみても目が合うことなども。

それに、モデルはなんとダ・ヴィンチ自身である
という説もあり、まだ「決定」ではありません。

今回の発表で、謎のすべてが解決するわけではありません。
しかし、研究がすすむといいと思いました。

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2015/10/05(月)
9月15日(火)産経新聞朝刊より

「オノマトペ」診断の一助に
頭痛や腰痛などの慢性痛


頭痛や腰痛などで病院を受診し、
患者が医師に痛みを伝える際、
「ガンガン」「ピリピリ」などオノマトペ(擬音語、擬態語)を
使うことが多い。そのオノマトペと、実際に診断された
病名には、一定の関係があることが患者の実態調査で
明らかになった。把握しにくい患者の痛みを、
的確な診断につなげるツールとして注目されそうだ。


新聞によると、

最も多かったオノマトペは「ズキズキ」。
15に及ぶ病気で広く使われていた。

●血管の炎症により起こるとされる片頭痛など
頭痛については「ガンガン」
●関節リウマチなど関節の痛みは「ギシギシ」「ゴリゴリ」

と表現する傾向が強い。

●神経による痛みでは「ピリピリ」「チクチク」が多かった。

このほか、炎症による痛みには「ウズウズ」「ズーン」など。
神経による痛みには「ジンジン」「ピリピリ」等がありました。

患者もオノマトペを使いながら、痛みを具体的に
医師に訴えようとしている。

調査では74.7%の人が「医師や看護師に痛みを
うまく説明できなかった」と回答。
痛みを表現する際に、ズキズキなどのオノマトペを
活用している人は82.8%。
オノマトペを使ったことで痛みを理解してもらえた、と
考えている人は80.6%。

ほかの人の体とは入れ替われませんから、
どのような状態なのかを表現する言葉は重要です。

当院でも最初にお話を伺うときには、
聞き逃さないようにしていました。

しかし、新聞には、
「診療現場では患者さんは緊張してオノマトペが
使いにくい。だから、医師側から積極的に
使うことで問診がスムーズにはかどるのでは」

とありました。

ということは、双方にメリットがあるのではないでしょうか。

これからは、もっとこちらから積極的に使っていきたいと
思います。

ずいぶん前に読んだ本↓。
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2015/10/01(木)
東京都から「東京防災」という冊子が無料で配られたと書きました。
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-334.html

その前には府中市より、「府中市防災ハンドブック」というのも
配布されています(こちらも無料)。
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-278.html

そして府中市からは、「外国人のためのやさしい防災ノート」
というものが無料で配布されています。
これは、今年(2015年)の3月に発行された小冊子。

 1.日本で起こる災害
 2.備え
 3.災害発生
 4.災害発生後
 5.自分の情報(裏表紙に)

このほか、電話で助けをよぶ→119番。
府中国際交流サロンでは「無料で」日本語を勉強できること。
わからないことがあったら近くの日本人に聞くために、
「便利な日本語」。

どのページにも漢字にはふりがながあり、
手書きの絵で説明付きです。

この防災ノートは

●府中国際交流サロンのボランティア
●東京外国語大学言語文化学部インターンシップ生の学生
●府中市

が一緒に作り、府中消防署の協力もあったそうです。

広報 東京都によると、東京都の外国人数は約43万人。
ちなみに町田市が約42万6千人。
広報 ふちゅうによると、府中市の外国人数は約4千3百人。
(2015年10月現在)

このほか、観光で来日している外国人観光客を含めると、
相当な人数になるでしょう。

前に読んだ本(たしかホテルマンの方が書いたはず)には、
地震にあって腰が抜けて動けなくなった外国人宿泊者の
エピソードがありました。

地震のない国の人にとって、建物が揺れるのは
恐怖だったようです。

仕事でなくとも困ったときはお互い様。

言葉の通じない土地で大災害に遭遇したら、
かなりの困難が想像されます。

外国人の方が、情報弱者から災害弱者に
ならないように冊子が活用されるといいですね。

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