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府中市役所西整体院のブログ2014年11月

東京都府中市の整体(カイロプラクティック)院・府中市役所西整体院の日常を書いています。
2014/11/27(木)
前回の続き
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-237.html

展示構成

 第1章 大工房時代のフィレンツェ
 第2章 激動のフィレンツェ、美術の黄金時代の到来
 第3章 「マニエラ・モデルナ(新時代様式)」の誕生
 第4章 フィレンツェ美術とメディチ家

だいたい時代順で、出品数は75点。
ウフィツィ美術館展出品リスト

第1章は1450年~1500年の絵画。

15世紀のフィレンツェでは、質量ともに圧倒的な水準を誇る
芸術作品が生み出されたそうです。

この章にあったボッティチェリの《ロッジャの聖母》は、
オリジナルの額縁のまま残る貴重な作品とのこと。
ロッジャとは「回廊」のことだそうです。

第2章が今回のメインでしょう。
チラシのボッティチェリ《パラスとケンタウロス》は、この章にあります。

パラスとは、アテナやミネルヴァの別名で学問と戦いの女神、
ケンタウロスは人間の獣性や本能を表しているとのこと。

パラスは、平和の象徴であるオリーブを頭から上半身にまとい、
服にはメディチ家の紋章「ダイヤマーク」(三菱と一緒?)。
ケンタウロスは裸、お互いに視線も合わせず表情なども含め、いろいろと対照的で、
持っている武器や背景なども細かく描かれていました。

ボッティチェリの絵は、第1章から第2章にかけてありました。
さすがに、《ヴィーナスの誕生》や《プリマヴェーラ》はありませんが、
これらのレプリカは、ファミリーレストランのサイゼリヤでみれますね。

「サンマルコ派」というのがあり、フラ・バルトロメオの素描や絵画を受け継ぎ、
フィレンツェ内外に彼の様式を広めたそうです。

第3章の時代は、ミケランジェロ、ラファエロ、ダヴィンチが
フィレンツェで同時に活動していたとのこと。

《トビアスと大天使ラファエル》は、
商用で遠方に赴く息子の無事を願う商人からたびたび注文されたそうです。
これからは、そうしたモチーフだと思って鑑賞します。

第4章で、やはりというべきか、メディチ家との関連が展示してありました。
メディチ家の肖像画が並んでいて、《ロレンツォ・イル・マニフィコの肖像》、
本人死後の作品らしいですが、この人の時代がメディチ家とルネサンスの黄金期。

これらを描いたブロンズィーノは、コジモ1世の宮廷画家として迎えられたそうです。

このコジモ1世がウフィツィを建設したとのこと。
(フィレンツェの街は、この時代から変わっていないのでしょうか)
その建物の設計者・ヴァザーリの作品もありました。

サヴォナローラが燃やした作品の下絵などもあり、
ルネサンス期を美術的・政治的な面も捉えていたと思いました。
ルネサンス芸術に触れ、とてもよかったです。

これだけの大美術館なので、これから先、手を変え品を変え、
違う切り口での「ウフィツィ美術館展」をして欲しいと思いました。

【参考】
ウフィツィ美術館にあるティツィアーノ《ウルビーノのビーナス》、
マネが描いて物議を醸した《オランピア》は、この構図をモチーフにしているとのこと。
ティツィアーノ ウルビーノのビーナス

【参考 その2】
ダヴィンチの《受胎告知》もウフィツィ美術館に。
お土産コーナーで複製画があり、女性が「これは来ないわよねぇ」と話していました。
売っている方と、「前に来ましたよね」と言ったところ、「来ました。そのとき
ウフィツィ美術館ではクレームの嵐だった」というお話を聞きました。
レオナルド・ダ・ヴィンチ受胎告知
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2014/11/25(火)
東京都美術館で「ウフィツィ美術館展」を鑑賞しました。
ウフィツィ美術館展 顔だし看板

公式サイトによると、「『ウフィツィ美術館展』は日本で初めて」だそうです。

(以前、正式なタイトルは忘れましたが、ウフィツィ美術館・自画像展
とか何とかをみました。こうした展覧会はカウントされないのでしょうか)

今回、「ウフィツィ美術館展」とはいえ、ウフィツィ美術館のみならず
アカデミア美術館、パラティーナ美術館、捨て子養育院美術館など
からも出品されていました。

これらの美術館はイタリアのフィレンツェにあるそうなので、
ウフィツィ美術館を中心とした形です。

そこでポイントになるのがサブタイトル――
黄金のルネサンス ボッティチェリからブロンズィーノまで

ルネサンスの黄金期を展示、となるとウフィツィ美術館がメインで、
ルネサンスの中心都市だったフィレンツェ全体も
関連するといった感じでしょうか。

フィレンツェというと、個人的に

 ●小説『ハンニバル』の前半、レクター博士の逃亡先
 ●小説『冷静と情熱のあいだ blu』の舞台(最後は一緒になるのですが)

どちらも映画化されています。
あと、サッカーチームのフィオレンティーナくらいのイメージ。

『ハンニバル』には、ウフィツィ美術館を
磔(はりつけ)にされたキリスト像を多数擁する
広大な燻製場(くんせいじょう)とも言うべきウッフィーツィ美術館

(上巻 231pより)

展覧会のお土産コーナーには、小説にも出てくる、
現存する最古の薬局サンタ・マリア・ノヴェッラの商品がありました。

『冷静と情熱のあいだ blu』ではフィレンツェのことを
イタリア語でルネッサンスのことを、Rinascimento(リナシメント)と言う。(中略)
フィレンツェはそのリナシメントの発祥の地である。
近代的なビルをここで探すことは不可能に近い。
十六世紀以降、時間を止めてしまった街。まるで街全体が美術館といった感じ。

(p23より)

このように書かれています。

この他、新聞特集は(知っている限りで)「10月6日 朝日新聞 朝刊」で。
フィレンツェが、メディチ家などによる経済的に繁栄に支えられてルネサンス芸術が
花開き、大工房で傑作が生み出された流れが書いてありました。
(絵画の注文が多くて、一人では描けずに大きな工房で作成したのでしょうか)

また、『芸術新潮 10月号』の特集が
「イタリア・ルネサンスの宝石箱 ウフィツィ美術館ものがたり」
これらを読んでから行きました。

芸術新潮 2014年 10月号芸術新潮 2014年 10月号
(2014/09/25)
不明

商品詳細を見る

 ●第2次世界大戦下ではナチスによって略奪される
 ●1966年にアルノ川の氾濫による大洪水
 ●1993年にテロにより収蔵品に被害

こうした歴史もあるそうです。

チラシには

 ●日本で初めてのウフィツィ美術館展
 ●ルネサンス発祥の地 フィレンツェから至宝が集結
 ●ボッティチェリの初期から晩年まで
 ●「マニエラ・モデルナ(新時代様式)」の真髄に迫る

というわけで、ルネサンス期の宗教画がほとんど、また、フィレンツェを
語るうえで重要な「メディチ家」などの肖像画がありました。

そもそもウフィツイ美術館の「ウフィツイ」とは、英語の「オフィス」の語源。
名が示すとおり、ここはメディチ家の政務庁舎だった建物だそうです。

フィレンツェの歴史はメディチ家などが繁栄させましたが、政争により
メディチ家は追放さたり、また復帰したりと波乱に富んでいてなかなかおもしろい。

『ハンニバル』に「パッツイ」という人物が出てきますが、
こうした歴史と関連があります。

この建物が造られたのは1500年代、
美術館となったのはメディチ家の血を引く人物が亡くなった後だそうです。
ウフィツイ美術館は、メディチ家の遺産がベースになっているのですね。

ウフィツィ美術館展チラシ
展覧会のチラシ、左はA4サイズ、右は新聞の大きさ。

その2につづく

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2014/11/21(金)
「あいぼりー 87号」を入手しました。
12月は発行されないので、今年、最後の号。

最初のページには「旬コレ」として、
「パーティーで喜ばれる手土産」が5種類。

「まちどころ」では京王多摩川の
バーベキュービレッジが出ています。

当院でも、コチラをご利用された方がいらっしゃいました。
お話を聞くと、ずいぶん予約が取りにくかったそうです。
行かれる際にはご注意ください。

京王沿線の食べ物屋さんを紹介する
「京王線・井の頭線 途中下車してGood Taste」。
今回は、「寒い季節を華やかに彩る大人のフランボワーズ・ドルチェ」。
ラズベリーを使ったケーキと、そのお店が紹介されています。
しかし、「大人の」ですから、単に甘いだけではないのかも知れませんね。

そしてメインの特集は
「歩いて、見て、参加して! 秋の映画カルチャーめぐり!」。

京王線と井の頭線の映画のロケ地を、プラットガールが紹介しています。
また、京王沿線はミニシアターが点在し、
一年を通してさまざまな映画祭が行なわれている
とのこと。
前者は知っていましたが、後者は初めて知りました。

この中には、府中の森公園と府中競馬正門前駅が取り上げられています。
ミレー展の感想を書いたときにも、この辺りはロケが多いと書きました。

府中の森公園、この号では『ごくせん THE MOVIE 』が掲載されていて、
ドラマシリーズから幾度となく登場していたそうです。
このほかにも、さまざまなドラマでよく登場するとのことですが……
テレビ見ないので……
ここが「花のプロムナード」、この奥に噴水があります。
府中の森公園 花のプロムナード

府中競馬正門前駅、ここは撮影するのに便利なようです。
平時は人がいない、競馬開催日しか使わないので
臨時列車を走らせやすい、などの理由があったはず。

『ソラニン』では、この府中競馬正門前駅~東府中駅が使われているとのこと。
ほかにもありましたが忘れてしまいました。どなたか教えてください。

これら以外にも情報は掲載されています。
今号も、当院にありますので参考にしてください。

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2014/11/19(水)
前回の続き
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-234.html

第3章、まず、前回書いたこととかぶりますが、作品理解のためには、
ノルマンディーの海辺の寒村で過ごした子ども時代の記憶、
9人もの子供を慈しみ見守り続けた父親としての姿、
幼い頃から育まれた自然に対する畏敬、祖母から教育を受けた身近な者への
慈愛がミレー作品の根幹をなしていると、最初の解説にありました。

(ここでも「ノルマンディー」が……ノルマンディー展、みてよかったです)

この3章を踏まえて、ミレーを捉え直すといいと思いました。

チラシの絵《子どもたちに食事を与える女(ついばみ)》はここ。
鳥がヒナにエサを与える様子に重ねたそうです。
《待つ人》は聖書の物語を題材に、個人的な想いが込められているとのこと。
府中市美術館 ミレー展

第4章は、今までのミレーのイメージどおりの絵画。
ですが、農作業を描いたのは油絵400点余りの中で
意外にも100点に満たないそうです。

やはり、農民画家という固定観念で捉えてはいけませんね。

《種をまく人》は5点が知られていて、原点はミレーの故郷にあるそうです。
そのうち、3点がありました。

《落ち穂拾い、夏》と《落ち穂拾い》があり、
前者の4年後にオルセー美術館にあるほうを描いたとのこと。

「羊」を描いた作品がいくつかあり、羊の毛を刈る農婦、
あるいは毛を刈られた羊の主題をくり返し描いているそうです。

国立西洋美術館でみられる《春(ダフニスとクロエ)》。
これと関連がある《冬(凍えたキューピッド)》。
四季の連作は3度描いたとのこと。

4章最後のほうは晩年の作品、絵からは人の暮らしや自然と
向き合ってきたミレーの切ないまでの望郷の念が感じられるとのことでした。

会場にあったミレーの略年表によると、
生まれはノルマンディー地方の小さな農村グリュシー。
その後、バルビゾン村に移り住み、以後、定住したそうです。
ということで、「バルビゾン派」に入るようですね。

なお、テオドール・ルソー(素朴派のアンリ・ルソーではありません)とは
親友だったそうで、墓地も並んで埋葬されているそうです。

また、今回の展覧会、各章ごとの解説文がとても分かりやすい文章で、
スルッと読めてよかったです。

今までは、ミレーというと「農作業」のイメージでしたが、
そうではないと思い直しました。
また、今後はミレーの絵画を、今までより深い意味まで
分かりそうです。いい展覧会を鑑賞しました。

【参考】
オルセー美術館の《晩鐘》
みる度に厳粛な気持ちになり、気が引き締まります。
ミレー 晩鐘 オルセー美術館
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2014/11/17(月)
前回のつづき
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-233.html

今回のミレー展、サブタイトルは「愛しきものたちへのまなざし」。
作品数は85点、このほかミレー家の写真などがありました。

ミレー(1814~1875)といえば、どこかでみたことのある
《晩鐘》や《落ち穂ひろい》、ゴッホが模写した《種をまく人》、
このあたりが頭に浮かびます。

しかし、こうした「農民の姿を描いた」という面だけでは、
ミレーの絵画を理解したことにはならないそうです。

チラシによると

 ・日々の労働を慈しむ気持ち
 ・故郷を愛する心
 ・身の回りの人々に対する慈愛

これこそがミレーの芸術の根幹を成しているものだそうです。

ということで、この展覧会は「ミレーの作品を捉え直します
ミレーの新たな一面を紹介します」(青字はチラシより)とありました。
府中市美術館 ミレー展 チラシ

展示構成は

 第1章 プロローグ 形成期
 第2章 自画像・肖像画
 第3章 家庭・生活
 第4章 大地・自然

解説によると、日本は世界でも珍しいミレー愛好国に育ったとのこと。
(逆にいうと世界的には……)

中に入ると、まず「肖像画」がありました。
「農民画家」になる前は肖像画家として出発したそうです。

そして第1章、ここは修行時代の絵画、いろいろなジャンルの作品がありました。

第2章、ミレーの自画像は素描も含め5点しかないそうですが、3点ありました。
《自画像》(←27歳頃)《モーセに扮した自画像》《毛糸の帽子の自画像》です。

なぜ、モーセに扮しているかというと――
《シェブール市長ポール=オノレ・ジャヴァン》と関連があり、ミレーはモーセに扮して
十戒の「汝、偽ることなかれ」という言葉を指しています。

ゴタゴタしたらしく、コスプレまでして抗議したのですね。
この2つの絵画が並んでいて、粋な展示だなと思いました。

《アマン・オノ(画家の義兄弟)》は19世紀フランス肖像画の最高傑作の一つとのこと。
《ポーリーヌ・V・オノの肖像》と《部屋着姿のポーリーヌ・オノの肖像》が並んでいました。
ミレーの最初の奥さんだそうで3点の展示があり、
前者は健康的、後者は亡くなる直前で顔も青白く対照的でした。

その3につづく

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2014/11/14(金)
府中市美術館で「ミレー展」を鑑賞しました。
府中市美術館 入り口

タイトルにあるように、今年2014年はミレーの生誕200年とのこと。
そのためでしょうか、この展覧会のみならず、三菱一号館美術館でも
「ミレー展」がおこなわれます(コチラも行く予定)。
また、オルセー美術館展では《晩鐘》がありました。

こういう機会にまとめて鑑賞できるとうれしいですね。

まず、府中市美術館――
最寄り駅は東府中駅、もしくは府中駅からバスなのですが

 ●東府中駅から徒歩17分
 ●府中駅からバスで約10分

なので行かれる際には、お時間に余裕を持ってお出かけください。

そして、ここは府中の森公園の中にあります。
都立府中の森公園 案内図

この公園は、よくドラマなどのロケに使われる場所。
それだけではなく、東府中駅北口の商店街、
東府中駅や、ここから出て府中競馬正門前駅に行く路線は
よく撮影に使われます。

運が良ければ芸能人に会えるかも?

かつて、この公園の辺りは米軍基地跡があり廃墟でした
(今でも、近くに廃墟は少しあります)。

この美術館の場所には「浅間子どもグラウンド」という野球場があり、
小金井街道沿いには、高い木があったことを覚えています。
グラウンドは今もあるので、やや東側に移動させたと思います。

ここへ久々に来て、野球少年だった学生時代、試合に練習に
汗を流したことを思い出し、懐かしく思いました。

おっと、ミレー展について書くはずなのに、つい昔を思い出して
違うことが長くなってしまいました。

ここまで読んで頂いた方、申し訳ありません……

その2につづく

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2014/11/12(水)
先日、府中の「フォーリス1階 光と風の広場」にて
「府中の発掘 お宝展2014――府中市発掘調査60年の歩み――」
という展示が行なわれていました。

「60年」と銘うっていますから、市制60周年と関連した展覧会でしょう。
府中の発掘 お宝展2014

チラシによると、昭和50(1975)年から現在までに1,600か所を超える
発掘調査を行なってきたそうです。
「1,600か所」というのが多いのか少ないのかは分かりません。
しかし、皆さん「府中は、掘れば何かしら出てくる」と思われていますね。

展示構成

 石器を携えた狩人…………旧石器時代
 多彩な造詣の文化…………縄文時代
 低地の開拓者…………弥生時代
 農耕集落と墳墓…………古墳時代
 上円下方墳の築造…………飛鳥時代
 国府の成立と展開…………奈良・平安時代
 動乱期の人びと…………鎌倉~室町時代
 宿場のにぎわい…………江戸時代
 北多摩の中核地…………明治・大正・昭和

見てのとおり、時代順に出土品が展示してありました。
府中市には、旧石器時代(数万年前)から、ずっと人が住んでいたんですね。

地元・府中から出土した品々なので、どれも興味深く鑑賞しました。
その中でも特に「大刀」「クルル鉤」をみれたのがよかったです。

「大刀」これは「タチ」と読みます。
「太刀」も「タチ」と読みますが、コチラは平安時代後期の頃からの日本刀を指し、
それ以前の「反りのない日本刀」を「大刀」といいます。
(かなり大ざっぱですが、おおむね間違っていないはず……)

ほとんどサビていましたが実物をみたのは初めてでした。

「クルル鉤(カギ)」、簡単に書くと、外側からカギをかける錠前のことです。
なにより、これは現在の「くるる」の名称の元になった物。
こうした物が発掘されるということは、当時の重要な施設の存在が推測されるとのこと。

これも実物をみれてよかったです。

このほか、発掘調査時の写真が展示してあり、その解説が書いてありました。
浅間山の発掘や、最近の府中駅前南口での発掘の様子まで時代ごとの展示。

60年前と現在では、調査機器も進歩しガラリと変わっているのでしょうね。

展示は前期・後期に分かれていて、フォーリスで行なわれていたのは
〈前期〉11月1日(土)~11月7日(金)。

後期は、11月18日(火)~2015年2月15日(日)に「ふるさと府中歴史館1階」にて
行なわれ、前期展の展示品の一部を替えて展示するとのことなので、
行ってみたいです。
なお、ふるさと府中歴史館は大國魂神社の西側、府中市役所の東側にあります。

旧石器時代の「ナイフ形石器」や縄文時代の「土偶」など、
教科書で見たことがあるような文化財、それも府中市から出土した品々を
みれる機会です。

ぜひ、行ってみてください。

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2014/11/10(月)
今年も「酉の市」が大國魂神社で行なわれます。

昨年の記事↓
http://siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-105.html

毎年11月にあります。
そもそも、「酉(とり)」とは干支(えと)の酉のこと。
これを日に当てはめているため、十二支で12日おきに巡ってきます。
という訳で、日の巡りあわせにより、2回ある年と3回ある年があります。

そして、俗に「三の酉まであると火事が多い」と。

今年の酉の日は

 ・10日(月)【一の酉】
 ・22日(土)【二の酉】
 
今年は二の酉まで。
もちろん、火事に気をつけなくていいという意味ではありません。

府中駅南口 酉の市 熊手 2014
写真は府中駅南口に飾られていた熊手。
この熊手で、「福をかきこむ」などの意味がある縁起物です。

お時間見つけてぜひどうぞ。

今日は昼間から花火が上がっていました。
二の酉の22日(土)も花火が上がると思います。

この時期は日が落ちると、昼間とはガラッと変わって
寒くなりますので、暖かくしてお出掛けください。

また、そろそろ人混みには注意が必要な季節なのでご注意を。

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2014/11/07(金)
11月7日(金)のニュース

マネの婦人画、過去最高75億円=印象派絵画の人気沸騰

印象派の先駆者として知られる
フランスの画家エドゥアール・マネ(1832~1883年)が
晩年に描いた婦人画「ル・プランタン(春)」(1881年)が5日、
米ニューヨークで競売商クリスティーズのオークションに掛けられ、
予想を大幅に上回る6512万5000ドル(約75億円)で落札された。
マネの作品としては過去最高額。
 ロサンゼルスのJ・ポール・ゲッティ美術館が落札した。
「ル・プランタン」は1909年に米国人の収集家がニューヨークの
画廊から購入。過去20年間は、収集家の親族が首都ワシントンの
ナショナル・ギャラリーに貸し出していた。
 クリスティーズは5、6の両日、印象派絵画や現代アートの競売を行い、
売上総額は約2億ドル(約230億円)に上った。同社は声明で
「印象派と(ピカソなど)立体派の作品の人気が特に高い」と評した。 


ちなみに、今年の7月にロンドンのクリスティーズで落札された
フェルメールは約10億9000万円でした↓。
siyakusyonisiseitai.blog.fc2.com/blog-entry-195.html

先日、オルセー美術館展でマネの絵画を鑑賞したので、
やはり今年は印象派と縁が深いように思います。

とはいえ、「印象派の先駆者として知られる」と記事にあるように、
たしかにマネは印象派グループに加わっていました。
しかし、印象派展には一度も参加していないので、現在は
「印象派に深く関連する人物」という位置づけのようです。

オルセー美術館展の出品リストでの人物相関図でも、
印象派の枠から出ていました。

今後、研究が進めば変化するかも知れませんが、現在の状況を踏まえて
記事を読んでみるとよいと思います。

そして、印象派絵画の落札価格に関して、
『美術手帖 8月号』の特集「世界一受けたい! 印象派の授業」、
この中の4時間目・経済学で書いてありました。

高額落札TOP5(最初の年号は落札年)

 1位 1990年 ゴッホ《医師ガシェの肖像》 8250万ドル(111億1400万円)
 2位 2008年 モネ《睡蓮》 8037万ドル(83億700万円)
 3位 1990年 ルノワール《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》 7810万ドル(105億2100万円)
 4位 1998年 ゴッホ《ひげのない自画像》 7150万ドル(73億9000万円)
 5位 1999年 セザンヌ《カーテン、水差し、そして果物鉢》 6050万ドル(71億9400万円)

2位と3位の「円価格」が逆転していますが、為替レートの違いでしょうね。
また、1位と3位を落札したのは同一人物(当時、日本はバブル)。

新宿にあるゴッホ《ひまわり》は、
1987年落札で2475万ポンド(48億9700万円)だそうです。

このあと90年代以降に美術市場は大暴落したとのこと。

そして今回のニュース、「印象派の人気沸騰」とありますから、
価格も高騰するのでしょうか?

値段で絵画を鑑賞するのではありませんが、このようにニュースに
なった絵画は、やはり見てみたいと思います。

【参考】

ルノワール《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》
ルノワール《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》 オルセー美術館
これはオルセー美術館所蔵、
この絵の小さいバージョンが上記の高額落札作品。
(部屋に飾ってあるので、日に焼けて色が変わってしまいましたw)

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2014/11/04(火)
Yさんに、サントリーの「角ハイタンブラー」を頂きました。
ありがとうございます。
サントリーウイスキー 角ハイタンブラー

頂いたのは少し前のこと。
しかし、新聞にウイスキーの特集が掲載されていた
ことを思い出し、「いつだったかな? どんなことだったかな?」と
図書館で調べていたので、遅くなってしまいました。

頂いたときにも「遅くなってもいいですか?」と
お伺いしましたが、こんなに遅くなって申し訳ありません。

その調べた記事は、「香り繊細 国産ウイスキー」と題して
6月16日(月)の読売新聞にありました。

 ●国産ウイスキーが注目されている
 ●酔うためではなく国産ならではの繊細な香りや味わいの違いを
  楽しむ飲み方が広がっている

また、経済的な話では

 ●ハイボールブームで、ウイスキーの国内出荷額が2008年に
  減少から増加に転じた。
 ●ニッカウヰスキーの創業者をモデルにしたNHK連続テレビ小説も
  今秋から放映が予定されている。
  (現在放映中の『マッサン』のことでしょうね)

この他にもいろいろ書いてありましたが、このくらいで。

グラスを頂いたときに、「使わない物を……」と言われていましたが、
そのようなことはありません。ありがたく頂戴します。

箱には

 ●黄金比!!で、つくれる 角ハイタンブラー
 ●おいしい角ハイボールを作りましょ。

と書いてあり、
角:ソーダは1:4がおすすめ。角をタンブラーのsinceまで注ぐのが
オススメです。
だそうです。

ブームに乗じてウイスキーを買ってきました。

そして、さっそく作って飲んでみたところ――
ゆっくり飲むには、やはりこれくらいの濃さがちょうど良いと思いました。

これからも自分で黄金比のハイボールを作れるのはいいですね。

秋の夜長に、じっくり本を読むときに良さそうです。
ありがとうございました。

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